=HE6 episode:03-1=


 NY某所の高級ペットショップへ、一人の男が入っていく。後ろから召使いがついて行こうとするが、トランクを押し付けられたうえで鬱陶しいからついて来るなとエントランスへ置き去りにされた。
男が袖を通している高級スーツの胸元に下がるIDカードには、顔写真とショーン・パウエル・ドッジという名が記されている。淡いブロンドを軽くなでつけ、イタリア製の高級な革靴で絨毯を踏む姿はいかにも金持ちのボンボンといった風情だ。目元を覆うバイザーグラスは、有名ブランドの新作だろう。
 ペットショップという場所にも関わらず、嫌な臭いも騒がしい鳴き声もあまり無い、落ち着いた雰囲気の店内を、男は順に見て回る。広い店内には哺乳類、爬虫類、鳥、魚、昆虫など様々なコーナーがあり、オーソドックスな人気の動物から、特別に許可を得て独占的に販売している珍獣の類も展示販売されている。ショーケースを眺める度にバイザーの奥、長い睫の下でヘーゼル色の勝ち気な瞳が品定めをするように煌めくが、なかなか気に入るものが見つからないようだ。やがて見逃しているコーナーは無いかというように、きょろきょろと店内を見回し、ついに飽きたのか観葉植物をじっと見つめたかと思うと、奥に控える店員に目を留めた。
「ちょっといいかな」
 口調は穏やかだが、やや尊大な態度で呼び留められた店員はすぐに男の傍へ駆けつけた。
「はい、何かお探しでしょうか」
「ここにいる動物はこれで全てなのかい?」
「いいえ、展示が不可能な種の動物もおります……Mr.ドッジ」
 茶色の髪をきっちり七三に分けた店員は、男の身なりとIDカードをちらりと見て、慇懃に頭を下げる。
 ショーン・パウエル・ドッジ。富豪の隠し子、やりたい放題の遊び人…そして、偏執的な珍獣蒐集家。多くは使用人に命じて動物を買う彼が自らペットショップに足を運んだということは、きっと大物を狙っているのだろう。店員は思わぬ上客の来訪にやや緊張した様子を見せながらも、うやうやしく答えた。
「こちらのカタログをどうぞ」
 男は差し出されたカタログをパラパラとめくったが、これも興味無さそうに突き返す。
「これだけ大きなペットショップでも、ありふれた動物しかいないのか」
 男が落胆した様子で辺りを見回すと、店員はにこやかに爬虫類コーナーを示した。
「あちらにいる珍種のトカゲはご覧になられましたか?」
「見た。けれど…別に面白くもないな。僕は他に誰も持っていないようなやつが欲しい」
 高圧的で我儘な物言いだが、ちょっとした無理な物言いには慣れたものなのか、店員は表情を変えずに彼を見返す。
「誰も持っていないような、でございますか」
「ああ。もし僕も知らないような面白い生き物が手にはいるなら、いくら積んでも惜しくはないんだがね…」
「取り寄せ可能な動物はまだおります」
 店員は順に取り扱いのある珍しい動物を挙げていくが、男は首を縦に振らない。
「駄目だ駄目だ。どれもこれも知っているし、つまらない」
「なかなかご期待に添えず申し訳ありません…」
 申し訳なさそうに頭を下げる店員の姿を見ると、男はしばし顎を手に当て逡巡する様子を見せ、問うた。
「…ところで、この店のマネージャーは君かね」
「いえ、私は」
「ああ、なんだ。すまないがマネージャーに会いたい。呼んでくれたまえ」
 お前では話にならないという態度がありありと浮かんだ声音に、店員の営業スマイルがほんの一瞬強張った。皺眉筋と口角下制筋のわずかな緊張を男は見逃さなかったが、それを店員に悟らせる気は無いのだろう、相変わらず尊大な笑顔を向けている。
「…かしこまりました、しばしお待ちを」
 店員が奥に引っこみややもしないうち、足早に恰幅の良い中年の男が出てきた。
「大変お待たせいたしました、Mr.ドッジ! 私が当店のマネージャーでございます。わざわざのお運び大変光栄で」
「用は彼から聞いたかな」
 長くなりそうな口上を遮るように、男は話を進めるよう促した。
「ええ、珍しい動物をお探しだとか」
 いくらでも金を詰みそうな雰囲気をまきちらす上客に商売のチャンスを嗅ぎ取ったのだろう。歳の割には豊かな毛髪をワックスでぴっちりと固めたマネージャーは、団子鼻をやや膨らませてにこやかな笑みを浮かべている。
「ここは我が国いちのペットショップなんだろう?」
「いいえMr.ドッジ! 地球いち、でございます」
 自信ありげなマネージャーの様子に男も期待の表情を見せる。
「では………ここでしか手に入らない、そんな動物はいるか?」
「勿論ございます。トビハナアルキモドキダマシはいかがでしょう?珍種中の珍種です」
 マネージャーが胸を張って提案した生物の名を聞き、しかしMr.ドッジは眉をひそめた。
「珍種?50年前ならともかく、ナゾベームなんて今更珍しくもなんともない」
 虚を突かれたような顔をするが、マネージャーはすぐに次の弾を撃ち出す。
「おや…では大型のスナークテイル・ドッグは?」
「大人しくてつまらないな…それにただのブレンド種はお呼びじゃないね」
「では…」
 その後もマネージャーはいくつか、一般人なら名も知らないだろうという珍獣の名を挙げたが、この青年はどれも知っている、つまらないとはねつける。流石の珍獣マニアの名は伊達ではないらしい。とうとう言葉に詰まってしまったマネージャーを見て、生意気な金持ちはやれやれとばかりに肩を竦めた。
「私が知らないような動物はどうやらいないようだね。地球いちのペットショップがこれならもう、宇宙へ出かけるしか無いな」
 Mr.ドッジは唇を軽く噛んで何か悩むようにしているマネージャーに冷たい視線と皮肉をぶつけた。
「無駄な時間をとらせて悪かったね。失礼する」
「…………お待ちを」
 踵を返しかけた彼をマネージャーが、いやに柔らかい声音で呼びとめた。
「……まだ何か?」
 ゆっくりと振り返った男に、マネージャーはにたりと含みのある笑顔を見せた。
「いいえ、Mr.ドッジ。この広い宇宙に、まだまだ貴方様のご存じない珍獣はおります」
 待ちわびた言葉に、男はバイザーの奥の瞳を煌めかせ、満足げに口角を引き上げた。



『うまくかかったな』
「…それにしてもやはり、高圧的すぎるのでは」
『いや、高慢で鼻持ちならない珍獣マニアのMr.ドッジだ。これでいい』
「…そうですね」
 密やかに成される会話は、マネージャーの耳には届いていない。











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